ト オ リ ア メ

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May 30
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イチローのセーフティー・バントの成功率があまりにも高いので、やがて、内野手がそれに備えて前進守備をしくようになる。あるとき、三塁手が極端に前を守っていた。このとき、イチローは、三塁手のすぐ左を、鋭いゴロで抜き、これを長打にしてしまう。当たりは強かったが、三塁手が定位置で守っていれば、充分に捕れただろう。このヒットに関して、イチローは、ぼんやりしていると聞き逃しそうな微妙なことを言っている。三塁手がいつもよりずいぶん前の方にいるということは、打つ前からわかっている、その「情報」は、「インプット」されている、と言う。それならば、三塁手の横を抜いてやろと、始めから意図していたのか、と問うと、そうではない、と言う。そういうことを最初から狙っていても、必ずしもできるものではない、と言うのだ。ということは、たまたま運よく、打球が都合のよいところに転がったということだけなのか。それも違う。どちらでもないとすれば、真相はどうなのか。イチローの言っていることをパラフレーズして言えば、こうである。三塁手の横を抜くことが出来るとー身体がー判断するのは、ボールが投手の手から離れ、イチローがそのボールを見たときである、と。このボールを打てば、三塁手の左を破ることができる、とわかるのである。どんなボールが来るのかわからない段階から、あの位置にボールを転がしてやろう、と意図したところで、虚しいだけなのだ。だから、三塁手の左横へ打とうという決断は、打つ前に、つまり事前に属しているわけではない。が、かといって、それは、事後から見た、結果論というわけでもない。物理的に言えば、スウィングの渦中にくだされた最終決断は、事前にも事後にも属さない、という特権的な瞬間に属しているのである。

~大沢真幸「イチローの三振する技術」